あんだーぐらうんど

東京で過ごした十日間、毎日、毎時間、毎分、毎秒、次々に最高の瞬間が色んな感情が更新され続けて頭の中が忙しくて追いつかなくて、全く言葉にできませんでした。帰ってきたので、落ち着いたらその時の感情を呼び戻せる限り、順々整理して残していきたいと思います。

 

東京は何も無くてつまらなくて人間が作っただけの空虚な場所だと思っていた。

アングラだの、サブカルだの、どれだけ世界からはみ出していようが無理矢理、枠に収められていることに対して、不信感を抱いてしまう。それでも一生懸命に命削りながらこれしかできない、やらないと死んでしまう勢いで自分の表現を選んで誰が見ていようが誰も見ていなかろうが好きで苦しくて楽しいことを全て曝け出し全て剥き出しでやっている人達がいた。社会に反抗し暴れまくっていた。傷だらけで血塗れで生臭くてもちゃんと綺麗で輝いていた。    その人達に売れて欲しいとか認められて欲しいとかではなく、むしろ社会に消費されることなく本人が納得いくまでやり続けていて欲しい。    それが本当に幸せなことなのかどうかはやり続けていかないとわからない。私にはわからない。わからないから簡単に言える。でもやりたい事をやるだけならきっと簡単なこと。それを難しくしているのは誰のせいなのだろう…。                                         それは結局、社会でも他人のせいでもなく自分。だから自分が一番つまらない。世界をつまらなくしているのは自分。自分が本物になれば自分の見ている世界も本物になるのかな。ただ楽しく生きたいだけなのに、つまらなすぎて死んじゃうのかな。ともかく超えた先の光景が見てみたい。その先に絶望しかなかったとしても。

私は言葉にできない部分で会話をし、涙を流していたい。言葉にしたら嘘っぽく聞こえるから何も言えない言いたくない。大事にしたい。     そんなんじゃいつまでも伝えられないけど。                                                   伝える能力はどんなに大人になっても上手くはなれない。大袈裟に褒め合っている大人は気持ち悪い。上手い大人なんて見た事がないけど、いたとしたら信用できない。信じられたいから上手くなりたいのか下手のままでいいのか。誰からも信じられなくてもいいから普通でいるのか、どちらも嫌だ。信じるとか信じないとか器用不器用上手い下手とか関係なくただ伝えたい。その方法を私はまだ知らない。また何も言えなくなって何も伝えられなくて平気でその場にいるふりをしてあとで泣いてばかり。拍手でも握手でもなく言葉でも行動でもなく心の真ん中の部分だけを差し出したい。

ブログをやったところで、そこに他人がいて人に読まれることを意識して、嘘ではなくても綺麗な文章を書かなければいけないことに気持ちが悪くなる。書いたところで自分とすら話せない。言葉にした瞬間嘘になる。もう違和感。みんなちゃんと生きれてて凄い、偉い。みんな素敵、素晴らしい。人が好き。私について考えてみても好きな事とかやりたい事はない。                                                でも自分なんて…とかつまらないことは言わない。弱い人間だから思ってしまうことはあるけど。それでも、自分が一番。自分だけが本物。でもまだ序章。その先の物語が一番見たいのは自分だ。何者でもない何者にもなれる。何者にもなりたくない。ただ私になりたい。本物になりたい。勝手に面白がられても、若いなぁとか青臭いと思われようが、大したことない大人に子供だって見下されても潰されても全く私とは関係がない。可哀想。

あなたはあなたでしかなく、わたしはわたしでしかなく、その事実がとても美しくそれだけでいいのに。

わたしだけの世界を作りたい。           私とあなたで新しい国を作りたい。決して他人に勝手に期待して不満を抱いている訳でもあなたに対して言っているわけでもない。                     世界に不満を抱く。地球の裏側まで行って見たところでそれは変わらないと思う。 でも行きたい見たい。自分がどう見て感じられるか。全てを吸収する。とことんどこまでも私の目を私の世界を信じたい。私は自分の目に映る全てのものを疑い信じ裏切られ睨みつけながらまだ名のない世界に喧嘩を売り続ける。

私vs世界。

物語はまだ始まったばかりだ。

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