毒と写真

昨日読み終えた湊かなえ著のポイズンドーター・ホーリーマザー。

私は自分の両親の事を毒親だと思っていた。

しかしこの本を読んで親に対する認識が変わった。

毒なのは私だった。

上書きされていく過去の中でずっと憎しみだけは薄れる事なく残っていた。

残っていたというか、残していたの方が正しいだろう。

私の中には血液と一緒に毒が回っている。

そう実感させれた。

話は変わるが私はよくセルフポートレートを撮っていた。

何故自分を撮りたいと思うのかは自分でもよく分かっていなかった。

心理学の勉強をしている時に、表現療法というものを知った。

不安や恐怖、憎しみなどを表現方法で逃がす治療法だ。

その中でも

催眠療法(催眠を使って自身の内側と向かい合い本来の自分を取り戻す)

芸術療法(絵画や工作などで自分を表現させる)

心理劇(劇などで役割を演じさせる事で本来の心を表現させる)

私は芸術療法というものを知った時に気づいた。

私は無意識にカメラで自分を写し写真にする事で自分自身を療法していたのだと。

なるほど、と思ったが、それは自分を慰めてる事を第三者に見せているという事でなんだか恥ずかしいというか自分の写真は第三者には価値が無いものだと解り、最近はセルフポートレートを撮る気があまり無い。

それでも感情がころころ変わる私はまた自分の写真を撮るかもしれない。

「毒と写真」への1件のフィードバック

  1. いつも涙出るくらい
    なんだかnezumiさんの言葉には
    癒されて元気もらえてです
    この場所で
    言葉聞けて良かった
    ありがとうございます

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